この記事ではインドネシアのいくつかの自治体で実施されている、科目「生活環境」について紹介していきます。学校での環境教育がどのような形で行われているのか、また生徒たちはどのような活動を行っているのかを知っていただければと思います。
はじめに
インドネシアの環境問題が深刻化していることは別記事でも紹介してきました。経済発展に伴う人口の増加、交通渋滞の発生による大気汚染、ゴミ処理問題など、多くの問題が人々の生活や健康、自然環境に著しい影響を与えているのが現状です。政府や各自治体もさすがに看過するわけにもいかなくなり、資源の再利用やゴミの削減を呼びかけるようになっています。
10年以上も前から日本のNGOなどが関わってきた実績により、学校で環境教育が行われる自治体が増えてきました。選択科目として位置付けている場合もあるので、全ての学校で実施されているというわけではありませんが、将来を担う子どもたちに環境に関する基礎的な知識や態度を身に付けさせようという意図が見受けられます。日系企業も環境保護を目的とした活動をしたり、環境保護への経済的支援を実施しています。
今回は実際に学校で使用されている教科書も見ながら、インドネシアの環境教育がどのような内容で、またどのような方法で実施されているのかを知っていただけたらと幸いです。
学校での環境教育
学校での環境教育ですが、まだまだ試行錯誤といった印象が強いです。日本の「学習指導要領」のように、学習手法や単元別の目標が明確になっていないということも要因としてありそうです。先生方に丸投げのような形になっているので、現場でもどうするのが適切かを模索しているといった感じです。
現地では「Lingkungan HIdup」と言えば科目として認識してくれる人が多いので、より一般的に認知されている用語な気がします。直訳すると「Lingkungan」が「環境」、「Hidup」が「生活」という意味です。インドネシア語は後ろから前の順番で訳すので「生活環境」という言葉になります。教科書には「Pendidikan Lingkungan」と表記されています。「Pendidikan」が「教育」と言う意味になりますので「環境教育」ですね。ただ、会話で「環境教育」というとかなり含みのある用語になるので、会話中に使っても科目として認識されないケースがあります。私の働いている地域限定の話かもしれませんが、教育関係者に伝える場合には注意が必要です(笑)。
科目「生活環境」
科目「生活環境」は特定の自治体のみで実施されていて、かつ必ずしも自治体内の全ての学校で行われているわけではありません。小・中学校で授業が行われていますが、設定されている授業時間数に違いがあります。基本的には週に1時間で、学校によっては実践的な授業をさらに1時間追加して設けている場合もあります。日本でいう「総合的な学習の時間」と言えば位置付けが理解いただけるのではないでしょうか。
では科目「生活環境」の教科書とその内容を見ていきましょう。教科書も小・中学校でそれぞれ準備されています。以下、教科書の表紙です。
次に内容ですが小学校、そして中学校の順番で紹介します!
■小学校
大項目は全部で4つ。カッコ内が主な学習テーマです。
①ゴミ問題(身近なゴミ、ゴミの分別、リサイクル)
②水(水の性質、資源としての水)
③土壌(土壌の活用、土壌汚染)
■中学校
大項目は全部で4つ。
①ゴミ問題(身の回りのゴミ、日本のゴミ処理、ゴミ問題)」
②「身の回りの自然環境(生態系、海・川、土壌、大気、健康、災害)」
③「自然環境の問題(エネルギー問題、環境問題のグローバル化、エコシステム)」
④「環境保全」
日本の直接的な支援が入っている関係で、内容構成や学習内容自体はかなり日本に似通ったものになっています。ゴミの現状を把握したり、地域の廃棄物に関する情報を把握します。また、日本のゴミ回収システムを紹介しながらゴミの分別を励行したり、ポイ捨てを改善するといったことにも繋がる内容となっています。日本の4大公害も記載されていて、環境保護の大切さを伝えています。
授業の様子
科目「生活環境」の授業は形態も様々です。生徒の実態に応じた手法・工夫がなされているといっていいかもしれません。基本的には座学が多いのですが、特定の単元では実験や工作も適宜実施されています。インドネシアには公立学校と私立学校が混在しますが、最近ではその学力差が開いているという意見も出ています。公立学校だと長時間にわたって座った状態を維持するのが難しい生徒も多いようです。学習習慣が日本と同じような形で身に付いていないという見方もできますが、そういったことも含め、授業ではいかに「面白い」と思わせるかが重要なようです。そこで体験活動や実験・工作が必要ということですね。
直接関わっている生徒たちはとても楽しそうに学校で過ごしているように見えます。勉強は好きではないかもしれませんが、コミュニケーションを取ったり、興味のあることに対して積極的に取り組みます。すでにこの科目が長く実施されているため、各学校にはそれなりの設備が整っていたりします。学校にはたくさんの子供達の工作が並べられています。手に取って見てみると、細かなところにまで手の行き届いた作品ばかりです。ぜひ実際に見てもらいたいものです。
成果と今後の展望
環境教育が実施され始めたときに教育を受けた子供たちは、世代的にすでに20~30代前半です。インドネシアであれば、子供が産まれて親になっている人も多い世代です。環境教育はどの程度効果・成果があったと認識されているでしょうか。
残念ながら、この点についてはかなり厳しい意見を述べなくてはなりません。というのも、すでに別記事で紹介したように、現状で「ポイ捨て」や「分別がされていない状況」は全く改善されていないからです。むしろ人口増加に伴って生じるゴミは増える一方です。
なぜ改善が進まないのでしょうか。
勝手な意見を述べるならば、文化的・社会的な考え方の違いがあまりにも大きいと言えます。あくまでも主観ですが、「家は家」「学校は学校」「外は外」という考え方が強いと感じます。インドネシアでは何よりも「家族」を大切にします。家族を大切にする文化があるからこそ、それ以外のことは優先的に考えたり考慮すべき対象になったりしないということです。
環境問題の「国外への影響」も同じように考えて良さそうです。生活水準がなかなか向上しない国(生活に苦しむ人々が依然として多い国)ですので、環境保護が大事だからといって自分の生活を蔑ろにできるはずもありません。現地の方が「自分たちの生活」以外のことを視野に入れつつ、環境に配慮した取り組みを進めていくにはまだまだ時間が必要でしょう。
インフラ面の問題も改善が進みません。これも別記事にて紹介しましたが、最終ゴミ処理場では分別がされないまま埋め立てされている状態です。つまり、ごみ収集のプロセスで分別をする意味がないのです。分別の意義や効果が国民に浸透していかないのもこれが原因の1つと言っていいでしょう。
日本では財源が確保されてゴミ処理場が建設されていますが、インドネシアでは未だに廃棄物処理に大きな予算は組まれません。他に優先すべき分野や対象が多いのです。今後、インフラ整備をすることでゴミ処理の法整備が進み、その後国民への共通認識が図られていくのだと思います。したがって、成果が出て始めるのはやはりまだまだ先のことで時間を要するはずです。
おわりに
今回はインドネシアにおける環境教育の現状について紹介しました。教育現場において授業が行われていても、社会的なシステムが確立していなければ意義を感じることが難しかったり、目的意識が希薄になったりします。それでは実生活で問題の改善が進みません。そういう意味でも効果・成果はまだまだと言わなければなりません。また、問題の改善に取り組んでいかなければいけないのは現地の人で、他国の人間にできることは多くないと感じます。
では、教育を行うのはなぜでしょうか。せっかくなのであえて言葉にしておこうと思います。
1つ目は「今の状況が続けば、自分たちの生活を脅かす問題へと発展するということを学ぶため」です。もう1つは「科学的な知識と考え方を身につけ、問題を解決する力を身につけること」です。環境教育はどちらも学習することができる科目です。これらをメッセージとして伝え、必要な能力を身につけさせることができれば、少しは役にたったと言える気がします。
とても大切な科目です。みなさんならどのように環境教育を行いますか?この記事がそんなことを考えるきっかけになればありがたいですね。