インドネシア・ライフ 青年海外協力隊

ムスリムの祝日、犠牲祭(Idul Adha イドゥル・アドハ)

 今回はムスリムの祝日の1つである犠牲祭(イドゥル・アドハ)について紹介します。毎年ある祝日ですが、去年はムスリムの慣例や行事を理解できておらず、参加が出来ずじまいでした。今年はなんとか参加することができましたので概要をし知っていただければと思います。

 

はじめに

 今回紹介する犠牲祭は、去年も断食が終わってあとに「ムスリムにはこんな行事があるんだ」ということで知人から知らされました。インドネシアにはたくさんの祝日がありますが、その中でも特に重要とされている祝日の1つが犠牲祭です。

 

日本人でこの祝日を知っている方は多くないはずですが、日本人が実際に目の当たりにするとかなりショッキングな内容です。その分、考えることも多いのではないかと思います。ぜひご覧ください。

 

犠牲祭(イドゥル・アドハ)ってなに?

 まず「犠牲祭って何」という話から始めましょう。

 この日はムスリムにとって特別な日とされます。Wikipediaには以下のように書かれています。

 

イブラーヒーム(アブラハム)が進んで息子のイスマーイール(イシュマエル)をアッラーフへの犠牲として捧げようとした事[1]を世界的に記念する日。”

 

 アブラハムという預言者(最後で唯一の預言者とされ、崇拝されている偉い方)が紙の啓示を受け、息子であるイスマイールを犠牲にしたという歴史に基づいた祝日となっています。この祝日はアブラハムの忠誠心を讃えることが1つの目的とされているのです。

 

 そしてもう1つの目的が動物を生贄として捧げ、神に感謝の気持ちを伝えるというものです。以下、続けて引用となります。

 

”当日の朝はモスクや広場に集まり、礼拝をした後、寄付されたヤギや牛をと殺し、その肉を袋に分けられた後に、寄付をした人や近隣住民、貧しい家庭などに配られます。”

 

 まさに名前の通りの祭典です。この日が近づくと村落などでは家畜(ヤギや羊、牛)の放牧が始まります。人々はその家畜を当日までに購入し、祭日当日にモスクや村落の中心となる家庭に運んで屠殺します。各家庭で屠殺が行われると考えたら、日本では絶対に見られません。

 

【左:買われた羊がバイクで運ばれる様子  右:屠殺を待つ牛】

 

 

犠牲祭の様子

 では早速実際の写真を載せながら当日の流れを見ていきましょう。 

 、、、、とはいうものの、かなりショッキングな光景になりますで、こちらでかなり配慮に配慮を重ねた写真だけを掲載させていただきます。

【左:これから屠殺される羊  右:屠殺の際にお経を唱えたり、動物を抑える人たちの様子】

 

 左の写真の羊は墨塗りがされています。おそらくこの羊は放牧場で購入されたもので、購入者がわかるように墨塗りのマークがされます。他の牛やヤギも同様です。

 右側の写真は1頭目の羊を屠殺する瞬間のものです。羊であれば大人4名がいれば抑え込むことができます。足を押さえ、みんなでお経を唱えます。そして1人が首元に包丁を入れます。血が飛沫をあげて飛び散りますが、その血は直接排水溝に流すことができる場所で屠殺されます。一部地域では容器に血を集め、何かしら特別な作法で処理するところもあるようです。

 

 これが牛となると大仕事になります。成牛1頭なので500kg近くにはなるでしょうか。四肢をロープで縛って動かないようにしますが、大の大人6名が上に乗って押さえつけても屠殺の瞬間は暴れます。もし牛に蹴られようものなら、大人子供に関係なく亡くなってしまう可能性もあります。まさに命懸けの行事です。

 

 

 【左:羊の毛皮  右:羊の内臓】

 

 血抜きが終わったら、足にロープを縛って宙吊りにします。そして写真のように皮や内臓を順次取り出していきます。首も切ってしまうのですが、子どもたちが羊の生首を持って周辺をうろうろします。彼らにとってはもう馴染みの光景のようです。

 

 【左:骨だけになった羊  右:羊肉の串焼き】

 

 内臓を完全に取り切った時の写真です。残っているのはあばらと足だけです。骨もスープとして使われるので、捨てられる箇所は本当に爪の部分だけという感じです。大きめに捌かれた肉は台所に運ばれ、女性たちが実際に調理を進めます。

 写真右が調理されたものの1つです。インドネシアでは串焼きをサテ(Sate)と言います。羊肉なので、Sate Domba(羊肉の串焼き)ですね。

インドネシア特有の甘い醤油だれ(ケチャップと言います)が使われて濃いめの味付けで食べます。子羊ということもあってお肉は柔らかめ。子供たちも大好きな料理です。

 

おわりに

 本当はもっと見ていただきたい写真もありましたが、自重する形で簡単な紹介にとどめました。

 インドネシアの犠牲祭の様子はいかがだったでしょうか。

 

 おそらく日本の方で屠殺の瞬間を見たことがあるという人は多くないはずです。そして多くの人が屠殺を「かわいそう」と思うに違いありません。

 確かに動物が死ぬ瞬間を、ましてや人が動物を殺める瞬間を見るというのは畜産業で日々関わっている方以外にはあり得ませんね。ただ、動物を食べるというのはまさにこういうことなのでしょう。都合の悪い部分(自分が見たくない部分)を単に人がやってくれていて見ずにすんでいるだけで、食べ物のことを知るならむしろ直視する必要があるとも思います。

 スーパーでお肉を買うだけの日本の生活では絶対に得ることができなかった経験です。牛肉は大好きなのですが、屠殺の瞬間の牛の鳴き声を聞いた時には「、、、」とだんんまりしてしまいました。牛をはじめ、多くの命をいただいていることに「感謝、、、ただ感謝」です。

 ムスリムの犠牲祭、「百聞は一見にしかず」です!

-インドネシア・ライフ, 青年海外協力隊